将臣「君がこれ以上、一人で泣いているのは嫌だ。
どうか、人として生きて、いや生き直して。俺といっしょに……!」
俺は再び、目の前の少女を抱いた。
懇願した。
俺と生きて欲しい、と。
──刀が紡いだ、500年後の出会い。
ゆずソフト最新作『千恋万花』をプレイしています。前作サノバウィッチの感想を書いていたのが1年半前、もうそんなに月日が経ったのかとしみじみ感じます。例のごとく、どのルートから読むか迷ったのですが、メインだと思われる芳乃以外で一番好みのムラサメから始めました。御神刀“叢雨丸”に神力を纏わせるため、500年前に人柱になった女の子です。
このルートでは、共通部分と個別部分がしっかりと別れていますね。穂織の地に根付いている呪いとの戦いを描いた共通部分、御神刀を奉納しムラサメが人間へと戻る個別部分。共通部分で大きく成長した将臣が、個別部分では皆に認められる村の若者の中心的存在となっていく姿をしっかりと見ることができます。
有地将臣について。
読んでいて、いいなぁ、と思ったのは、共通部分の終わり。祟り神も現れなくなって、将臣が穂織に留まらなければならない理由が無くなって……。彼の穂織での生活って、半ば強制的に始まったじゃないですか。今回訪れたのだって、母親に「実家の旅館を手伝って来い」と言われたものですし、朝武家での生活も、安晴が娘の青春を案じてのものだった。そんな彼に、ようやく選択の機会が現れるんです。生まれ育った都会に戻るか、短い間だったけれど色々な出来事を経験した穂織に留まるか。
「にしても、欠片を取り込んでおいて、よく無事だったな、俺。下手したら、俺が祟り神になる……なんて可能性も……?」
「あったかもしれんな。ご主人が負の感情に取り憑かれれば、ご主人の魂も穢れた可能性はある。つまり、心の底から憎しみを抱くようなことはなく、幸せに周りに育てられたということだな」
「周りに……か」
今までの都会での生活も、周りの人たちに恵まれていた。だからこそ、平穏に暮らすことが出来ていたのだと理解する将臣。
けれど──
「……よし、決めた!」
もしかしたら、俺が期待しているような日々は、今後ないかもしれない。
でもそれも思い出だ。
俺はここで、得難い友人が出来た。それを大事にしていきたい。
「さすがに、婚約は解消だろうけど……」
まあ仕方ない。
新しく、作り直すさ。それも楽しそうだ。
将臣の中で、穂織の人たちとの生活は、長年過ごしていた都会での生活に引けを取らないほど大きな物になっていた。いざどちらかを選ぶことが出来るようになった時、迷ってしまうほどに。
なし崩しに始まった生活だけれども、それをあらためて見つめ、自らの意志で選択する。この過程があるからこそ、その後のストーリーで彼が穂織の村おこしのため努力する姿が、嘘くさく無く映るのだと思います。
ムラサメという女の子について。
恋を知らぬまま人柱となった。流行り病にかかり、いつ死ぬかわからない恐怖から逃げ出したくて、生きてほしいという家族の願いを踏みにじり人柱になった。
そんな彼女が管理している御神刀“叢雨丸”は、朝武の家に保管されている。500年続く呪いにより、子供が女の子ひとりしか生まれず、その子も長くとも50年も生きられないという、朝武の家に。
単純計算で、10世代以上ですか。自分が逃げ出した生活を、家族の営みを、間近で見ることになる。病と呪いの違いはあれど、自分と同じように長くは生きられない女の子が、けれど祟り神と戦い、懸命に生きていく姿を見ることになる。
家族は、一緒にいるべきなんだ。自分は、なんと親不孝者なのだろう。
心のうちは、想像に難くありません。
これは罰なのだ。500年もの間、人と深く関わることが出来ず、心が冷えていくのは自分の不孝が招いた罰なのだと。ならば受け入れよう。人ではなく、語り継がれている“ムラサメ様”として、朝武家を、穂織の地の人々を見守ろう。夜空に浮かぶ、あの月のように。──だから、もし堪えられず泣いてしまうとしても、同類である月の前だけにしよう。
そんな彼女の心を溶かすことの出来る少年が現れたのは、500年後でした。
将臣とムラサメ、そして叢雨丸について。
将臣が努力していた姿を最も近くで見ていたのって、やっぱりムラサメなんですよね。剣術の修行をしていた時も朝起こしていたのはムラサメですし、村おこしについて最初に動き出したのも二人だった。そして、祟り神と戦う時も叢雨丸に宿ったムラサメと一緒。本人たちも言っている通り、彼らは三位一体だったんです。
まさに刀が紡いだ縁ですね。
物語のラスト、叢雨丸を奉納する際、将臣とムラサメが感謝と寂寥感を胸に別れを告げた時、叢雨丸から言葉が返ってくる。共に戦った無口な相棒から、最後に、言葉が返ってくるんです。ありがとう。大儀でした、幸せになってください、と。
叢雨丸は“普通”の御神刀に戻り、穂織の地を見守っていく。そんな場所で、将臣と“ムラサメ”であった女の子、綾は一緒に生きていく。ふたつの影を伸ばし、生きていく。三位一体ではなくなったけれど、そんな彼らの姿を想像すると、胸が温かくなりますね。
余談というか妄想というか。
季節は夏。穂織の夏も、きっと暑いのでしょう。綾も久しぶりに体験する夏の日差しに、「あつい~……あついぞ、ご主人~……」とか言いながら、ぐで~っとして。そんな彼女を将臣は、どこか嬉しそうに見ていて。頃合いをみて、田心屋にかき氷でも食べに行こうかと提案したりするんじゃないでしょうか。