はじめのはじめ

二次元傾倒な日々。

星メモ日記。小河坂千波について。

 千波シナリオ読了。俺はもうだめです……読み終わってしばらく放心状態でした。他の個別シナリオに比べて頭一つか二つくらい飛び出てる。完敗です……。洋ではないですが、「千波最高ー! サイッコー!」と叫びだしたい気分。霧散して雲雀ヶ崎の空にとけていきたい……。
 
 “生まれてくる家は選べない”って言葉があるじゃないですか。家族ってやつは選択的ではなくて、生まれた瞬間から持っている最初の関係性。それは、良くも悪くも相当な強度を持ったもので、どういう形にせよ、付き合っていかなくてはいけない存在なわけです。家族に内分される“兄妹”という関係も、同様に兄妹が生まれた瞬間から発生するもので。同じ屋根の下でご飯を食べたり、ゲームしたり、風呂に入ったり、喧嘩したり、そうやって一緒に過ごしてきた存在。兄妹の数だけ、兄妹の形があって、ふとしたやり取りの中に、ふたりが積み上げた時間が垣間見えることがある。
 だから、エロゲの妹シナリオって、多くは兄妹から恋人へっていう関係性の変化に焦点をあてることになるじゃないですか。兄妹という、とても強固だけれど一線を越えることができない関係から、どうやって恋人となるか。そこには恋心の発生があって、葛藤があって、解決がある。
 けれど洋と千波の場合は、そうではなくて。
 千波シナリオって、上述したような関係性の変化ではなく、もっと根底にある部分、つまり“生まれてくる家は選べない”っていうところにメスを入れてるんですよね。しかもそれは“家族に対する否定”ではなくて、“自分の生まれに対する否定”なんです。その葛藤は、物語が始まる前にある程度の進行をみている──いうまでもなく、洋と作ったオルゴールの音色を聴いた時ですね──わけですが、千波の中で消化されたということではない。それは、個別シナリオの冒頭に語られるオルゴールの音色を聴くことで元気を育んでいけるというエピソードや、父親の幽霊かもしれない存在に遭遇したときの台詞からも明らかです。
 
「千波は、いらない子供だったの────?」
 
 父親に、どうしても聞きたかったこと。自分の存在が、家族の負担となっている。家族だから、その関係はとても強固で動かしがたいから、投げ出すこともできない。その果てに、母親はいなくなってしまった。自分がいなかったら、みんなは幸せに過ごしていたんじゃないか。ただ、自分がいないというそれだけのことで。
 そんな言葉を叫びながら部室の扉を開いた千波、その先にいたのは父親ではなく、レンで。けれど、千波の言葉に対する答えを持っていた。
 
「キミにとっては悪夢だったそれも……」
「みんなにとっては、夢だった……」
 
 泣いてしまうくらいに優しい答え。そうして目覚めた千波を、抱きしめることができた詩乃。そう、千波シナリオは関係の変化ではなく、どうしようもないくらい関係の修復の物語だったように思います。千波と両親。小河坂兄妹と詩乃。洋と大河。大河とレン。大河と家族。そしてその中心には、千波がいて。千波の笑顔があって。
 ダメな子ほど可愛いというのも、もちろんあるのですが、ダメダメな人間がそれでも頑張る姿というものは胸にくるものがあると思います。レンもきっと、人間のそういうところが好きなのかもしれません。彼女がいう「ダメ人間」には、からかうニュアンスが多分に含まれているけれど、その瞳にときおり愛しさが垣間見えるのは、俺の気のせいではないでしょう。そしてそれは、千波と洋の間にもあって。千波の頑張りに、笑顔に、どれほど洋が救われていたかは計り知れません。
 
「そのままの千波が好きなんだ」
「おまえが幸せになれるなら、俺も幸せなんだから……」
 
 兄も、母と同じように、犠牲になってしまうのではないか。そんな恐れから、自分が変わろうとしていた千波。そんな千波を、洋が受けとめるわけです。そして、この「好き」っていう肯定は、実は二回目なんですよね。一回目は、一緒にペーパーオルゴールを作っていた時。千波に「大嫌い」といわれた洋は、けれど「好きだ」と答えた。自分のことをいらない存在と思っていた千波にとって、この言葉は、強く心に突き刺さったに違いありません。
 そう考えると、千波シナリオとこさめシナリオには類似点があります。“自分という存在の受容”ですね。タイトル画面──明日歩、衣鈴、こももの段階では昼の雲雀ヶ崎の風景だったそれが、千波とこさめシナリオになると夕方に変わる──の演出には、黄昏時にたたずむ彼女たちの手をしっかり掴むというシナリオの趣旨がこめられているのかな、と思ってみたり。
 
 ……少し話が逸れました。
 洋に負担をかけないようにと、変わろうとしていた千波。折れてしまいそうになりながらも、毎晩オルゴールの音色を聴いて明日も頑張ろうと元気を出していた千波。けれど洋に朝ごはんを作られてしまい、怒りながらも食卓につき美味しいご飯を食べていたダメ可愛い千波。そんなそのままの千波を洋が受けとめて、ふたりは恋人同士になるわけですが、その関係がまた独特で。
 
 兄妹よりもずっと一緒にいられる関係。
 キスができる関係。
 働かないでお小遣いもらえる関係。
 キャベツ畑で男の子を授かってコウノトリから女の子を授かる関係。
 
「これで全部だよっ、この四つがあれば千波は末永く幸せだからねっ」
 
 洋に、恋人ってどういうものかわかっているのかと聞かれた時、千波はそんな風に答えます。その言葉に嘘の色はないんです。千波にとっての恋人とは、そんなもので。恋人になったからといって、兄妹でなくなるわけではない。洋は千波に対して容赦のないつっこみを続けるし、千波は相変わらずダメ可愛くて、トンデモ料理を作り続ける。ただ、できることが増えた。恋人同士がすることができる。なにより、ずっと一緒にいることができる。そんな洋と千波の関係は、兄妹であり恋人でもある二人のやりとりは、どうしてかとても自然で、連続的に映るんですよね。積み上げてきた二人の時間が、やり取りが、そうさせるのかもしれません。それは、エピローグの部分でも丁寧に描かれています。
 九月の雲雀ヶ崎の朝日を浴びて、通学路を走り出す洋と千波と衣鈴と鈴葉。「急がないと遅刻だよっ」と完全に自分のことを棚に上げた千波が洋の腕に抱きつき、「くっつくな」と洋がぶっきらぼうに照れ、「……仲がよろしいことで」と衣鈴が呆れ、「ふたりはお似合いの兄妹だと思いますっ」と鈴葉が力説する。そんな何気ない、いつも通りの朝のやり取りが、どうしてこんなにも眩しくて泣きそうになるんでしょうか……
 あー、千波シナリオ本当に面白かった……。