はじめのはじめ

二次元傾倒な日々。

「りゅうおうのおしごと!」5巻を読んだ。

 タイトルのとおり。書きたいことはまとまっていないので、ざっと感触だけ。

 なんというか……それがプラスでもマイナスでも、この社会で人間が生きている以上、循環している流れみたいなものがあって、多かれ少なかれそれらの輪に誰しもが乗っている。家族とか、友人とか、職場とか、ネットとか、今日はじめて会話した奴でもいい。あー、でも二次元じゃ駄目だな。二次元から受け取ることはできても、たったのひとつも返すことはできない。二次元から三次元への矢印は、いつだって一方通行になってしまう。悲しいけれども、どうしようもない断絶がそこにはある。

 まあとにかくだ。人間が社会で生きていく以上、ほかの誰かから受け取るものがある。わかりやすく『感情』としよう。幸せや悲しみは伝染する、とはよくいったもので、幸せな気分の時に誰かを悲しませてやろうと考える奴は、そうそういないはずだ。逆に悲しい気分の時は、自分で発散できる奴もいれば、誰かに八つ当たりしてしまったりする奴もいる。今回の物語の中でもあったように、誰かのためにと思って行動したことが、うまく受け取ってもらえないということもある。そういう風に、正なり負なり、伝わっていくものがあって、みんなが流れの中に身を置いている。どこを選ぶかは、ある程度はその人の自由だ。

 べつに『だからみんな、他人を大切にしましょう。人は一人で生きているわけではないのですから』という話ではない。そんなことを諭すように言われたら、「しらねーよ、んな当たり前のことを何でえらそーに言われないといけねーんだよ。それで上手く回っていけば世界は平和ですねー」とかいって反発したくなる。だからこれは、そういうお話ではなく。

 『将棋盤を前にしたら棋士はみな一人』

 物語当初から八一が口にしていた事実。そこに、『けれども』をつける。ほかの誰でもない、史上最年少のタイトルホルダー、最強の竜王が。

 これは、そういう話。

 

 余談。

 表紙やら内容やら、ほんとに最終巻かと思った。ラノベで例えるならブギーポップの歪曲王の巻みたいな。変わるもの、変わらないものがあって、物語としてすげー綺麗にまとまっている。この作者とか、あと杉井光さんなんかはドラマチックな物語を書かせたら頭一つ抜けてる印象がある。あとがきを読んだらわかるとおり、この物語はまだ続いていくみたいで、次はどう展開させていくのか楽しみだなー。杉井さんもキリカの7巻書いてくれねーかな。

ひだまりスケッチ9巻の話とか。

 ひだまりスケッチ9巻を読み終わりました。昔はよく、4コマ漫画を何度も繰り返し読んでいたのですが、最近は一度読んだらケースに入れて、そのまま置きっぱなし、ということがほとんどになりました。ひだまりも、6巻くらいまでは比較的読んでたのが、それ以降はあまり記憶がない・・・・・・茉里ちゃん? ・・・・・・『結い橋』に出てきたエセ関西弁ヒロインですか?

 そういうことなので、俺が語ることといったら、やっぱりゆのっちのことになってしまいます。

 ゆのっちって、普通の女の子じゃないですか。いや、いきなり何を言い出すのかと思うかもしれませんが・・・・・・。底抜けに元気な子でもなく、かといって引っ込み思案で人づき合いが苦になる、というタイプでもない。いつもボケてるわけでもなければ、ひたすらつっこみに命をかけてるわけでもない。なんだろう、こう・・・・・・不安なことや、嫌なことがあると、ついついそのことばっかり頭の中でぐるぐる考えて、一人で抱え込んでしまうような。そしてそれが顔に出てしまうもんだから、周りの友達にも「ゆのっち、元気ないみたいだけど大丈夫?」と心配をしてもらって。本人としてはそんな自分が情けなくて、“私、いつもこんな事で悩んでばっかりで周りに迷惑かけて・・・・・・”とさらに沈んでしまったりもして、けれど宮ちゃん達に話を聞いてもらうだけでも心が少し軽くなる自分もいる、という。男から見たら『ちょっと面倒くさい』と感じる部分もあるような、普通の女の子なんですよ。

 そんなゆのっちなんですが、9巻を読んでいてつくづく思ったのは、周りに恵まれているなぁ、と。一番近くにいる──日々の生活の中でもっとも顔を合わせている時間の多いことを指すとして──宮子。毎回、ゆのの相談事を面倒がらずに聞き、時にはおもしろおかしくボケたりして。そういう、“いつも話を聞いてくれる人”が身近にいるということは、ゆのにとって何より幸福なことだったのではないかと。他の人達についても同様で、ゆのが悩み、答えを出す過程を妨げる人物がいない。むしろそっと背中をおしてあげることが出来るような人ばかり。

 まあ、周りに恵まれているのは、ゆのっちの人柄による部分も大きいのかもしれませんね。不安なこと、悩むことはたくさんあるかもしれないけれど、最後はきっと陽の当たる方──ひだまりへ進んでいくことができる。そういう歩き方のできる女の子だから、周りも安心して相談に乗ることができるのだと。なんというか・・・・・・ああ、あれだ。ゆのの笑顔に、やられてしまってるんでしょう。やばいですもんね、30ページ左2コマとか。あんな顔見たら、ずっと笑顔でいてほしいって思ってしまいますよね。

 そういう環境が続いてきたからこそ、ゆのが曲がることなく育ってきたんだよなぁ、とかしみじみと思ってました。いや父親かよ、と自分でも思いますが・・・・・・ゆのっちは可愛い。すごい可愛い。読んでいて床を転げたくなるくらいに可愛い。でも、だからといってつき合いたいとかそういうものでもない。そもそもゆのっちは恋愛とかまだよく分からないし、彼氏がフォローするべきところはすべて、宮ちゃんが完璧にこなしているし。修学旅行も友達と一緒に回って、とても楽しそうに観光してたし。周りの人達にもめぐまれていて、立ち止まることはあっても、きっと前へ進んでいけるだろうし。

 なら、いいじゃないですか、それで。

 かつての俺は、彼女達の日常の輝きに救いをもとめていました。ゆのっちの幸せや喜びがあるならば、自分の日常にそれがなくても別に構わないという・・・・・・よくわからない方法論を持っていました。不健全ではあったかもしれませんが、間違っている、というつもりはありません。きっと、それでしか得られない何かは、あったのでしょう。受けとりかたが、ひとつであるはずがない。

 けれど今はもう、そういう方法で受けとってはいない。受けとることが出来なくなった、と言ってしまってもいい。それは少し寂しいけれど、きっと、良かったと言われるべきことなのでしょう。

 だから今は、ゆの達が卒業するその時まで最後の一年間を、見守るような心持ちで読んでいます。

『ゆきこいめると』やってます。(感想のようなもの)

 というわけで、癒しを求めて、ゆきこいめるとに行き着きました。
 公式サイトはこのあたり。http://frontwing.jp/product/yukimel/index.html
 いつもながら、季節感をまったく無視したチョイスになってしまった。
 寒いのが大の苦手な主人公──陸崎瞠(おかざきみはる)──と、冬を満喫する部活動"ふゆ部"に所属する女の子たち。ふゆ部の部長である伊奈波うさぎは、みはるがふゆ部に入ってくれたら部活動がもっと楽しくなるだろうと思い、個性的な部員たちと共に彼を勧誘し始め──といった導入から始まるこのゲームは、非常に完成度の高いイチャラブゲーでした。
 
 いやーほんと、嘩音とたるひ可愛すぎます。ぶっちゃけ、八重歯で年下ろりっこ元気キャラがね、俺のストライクゾーンのど真ん中なわけですよ。そんなの、問答無用でフルスイングするじゃないですか……。たるひとかも、作者が考えた最強のかわいいキャラって感じで、しかもこの子のルートって主人公側がたるひにばりばりアプローチしていくって流れなんですよ。まだ途中までしかやってないですけど、「これ絶対初恋が実らなかったプレイヤーを殺しに来ますよね、いや、わかってるんですよ、でも無理フルスイングするしかないっ!」って感じで突き刺さってくる。
 雪姫にしろ、雫里にせよ、そういう「勝負しにいきたくなる球」という感があって、イチャラブゲーって、そう思わせることに重きを置いているじゃないですか。いや、4球とも見送らずに全力で勝負しようとしている俺が言っても全然恰好がつかないですがね。
 弁解するわけじゃないですけど、ずるいんですよ、このゲーム……。ふゆ部って独自の学生寮を持っていて、そこで男はみはるん一人、あとヒロイン4人とプラス2人の共同生活なわけです。エロゲ的なお約束は少ないほうだと思いますが、朝起きたら女性陣が並んで歯磨きとかしてるんですよ。たるひとか、もごもごしながら「おひゃよー……おととっ」とか言うんですよ……。しかも、口を濯ぐ時恥ずかしいからむこう向いてて、とか言うんですよ……。爆発するじゃないですか……。あと、たるひちゃん教室でアイコンタクトしてくるんですよ。みはるが近くに行って「どした?」って聞くと「あ……伝わった」とか言う。共通シナリオで、ですよ? もうね、こっちは冬空に霧散したらいいんですかね……。
 嘩音もですね、基本的に元気なあほっ子で癒されるんですよね、仕事終わって帰宅してゲーム起動したら、そこはもう癒し空間みたいな。「誰かといるほうが楽しいですよっ」と屈託なく笑う嘩音に、みはるも「まぁ、そうだな」とかまんざらでもなさそうに言いながらついていく。大好きな形なんですよ、そういうの。あとこの子、滅多にないですがほんとに時折、すごい優しい声出すんですよ。聞いたこっちが、はっ、となるような。あれ、ほんとすごいなぁ……。そんな元気いっぱいの嘩音さんなわけですが、(こんなに楽しいのに……先輩がいないっていうだけで、なんだか……今からでも来てくれないかなー……なんて思っちゃいます)とかいうモノローグかましてきてりもして。そして現れたみはるに飛びついて、こんなに寒い中、寒がりなみはるが自分の誘いに乗って出てきてくれたんだと思って、すげー笑顔をみせる……もうね……。
 
 だらだらと書いてしまいましたが、きりがなくなりそうなのでこのくらいで。どれほどやられたのかが自分でもよくわかりますね……。いやー、このゲームほんとに好きだ。
 共通シナリオの時点でとんでもない破壊力を持ったシーンが満載で、個別ルートではこれからどう進展するのか、と思わせる力が非常に強い。しかもこのゲーム、選択肢って個別の終わりにルート選択があるくらいで、ほとんど分岐しない構造になってるんですよ。選択肢がないってことは、その部分の流れは物語上、確定してるってことじゃないですか。個別になると分岐するけれども、それまでの出来事は、すべて等しく"確かにあったこと"で、みはるたちが共に過ごした日々なんです。それは、嘩音ルートでも語られる"この前の夏、ふゆ部の皆で海に行こうとした時に買った水着"とか、"秋に先生に教えてもらった屋台のラーメン"といった所でも感じとれる。しかも、海に行こうとしたけれど、先生が牡蠣にあたったり、雫里さんが夏バテして中止になった、というエピソードまであったらしく……その話が、ああ想像できるなぁと納得できる。物語上の季節は冬だけれども、その前の秋や夏も、確かにあったのだと感じられる。それはつまり、積み重ねられた時間があるってことに他ならない。
 
 ここを読んだ方で未プレイなら、ぜひ購入して悶えながら読みすすめてもらいたい。自信を持って、そう強く勧めることの出来るゲームです。

はしりがき(ハナヒメアブソリュートの話)。

 ハナヒメアブソリュートをプレイしている。進行状況はポリーナルートが終わり、メアルートに入った、といったところ。
 ストーリーについては今のところ特筆すべき点は無く、ポリーナルートは、うーん、普通。普通にイチャイチャして、普通に結ばれて、危機が起きて離別、再開。まあこのチームのゲームは(前作であるクルくるもそうだったけれど)かんなぎさんの描く可愛らしいキャラ達のやり取りとか、爽快なバトルシステムが売りだと思うので、ストーリーはオマケ程度でも良いとは思う。
 キャラクターは本当に可愛く、どのルートから読むか迷うレベル。可愛さを追及したらこうなりましたぜ、というような。天真爛漫な幼なじみだとか、お兄ちゃん大好きアピールの激しい妹だとか、ちょろいお嬢様だとか、テンプレート通りにも関わらず立ち絵と声、そして会話のテンポがハマるとここまで魅力的になるのかと。あと、個人的にキャラの肌の質感が大好きで、瑞々しいといえばいいのか、張りがあるといえばいいのか。イベントCGが強い! 差分は少なめだけれど、力は入ってる。
 惜しいなと思うのは共通部分の短さ。共通部分って、いうなれば日常生活の積み重ねであって、そこにウエイトをいくらでも割ける(いくらでも、は言い過ぎか)のがこの業界の強みだと考えている。ぶっちゃけ、共通のドタバタ日常が一番好きなのじゃ、というような人もいるだろう。可愛い女の子達との日常生活。キャラクターの魅力を十分にアピールすることの出来る部分が短いのは辛い。積み重ねた時間は、思い入れに直結する。keyのゲームがまさにそうだった(あれは共通部分では無かったが)し、そして明日の世界よりみたいな、日常が変わっていくことを描いたゲームもあった。
 
 主人公について。前作のシンくんを越えられていない感がある。両者ともハーレム形成系の主人公ではあるけれど、性格の違いが大きいか。エッチでバカだけど明るくていざというとき頼りになるという(さすが丸谷作品主人公!)シンくんは、皆のために行動する生徒会長で、だからこそ周りも彼に惹かれ、協力してくれる。それがバトル部分でのシンくんの能力にもなっているわけで、まさにリーダー。
 今作の主人公である虎春くんも、束ね戦う者ではあるんだけれども、そのあたりのバックボーンが無い(今のところは見つからない)。もっとも、彼はゲームを本気でプレイすることについて葛藤しているというか、過去の出来事を引きずっていて、それがストーリー上のポイントになっている節はある(ポリーナルートでは触れられていないが)。なぜ彼が王なのか、それはトッププレイヤーであるということ以外に理由があるのか。読み進めていく内に、答が明かされるのかもしれない。

千恋万花ムラサメルート感想(ネタバレあり)

将臣「君がこれ以上、一人で泣いているのは嫌だ。

どうか、人として生きて、いや生き直して。俺といっしょに……!」

俺は再び、目の前の少女を抱いた。

懇願した。

俺と生きて欲しい、と。

 

──刀が紡いだ、500年後の出会い。

 

 

 ゆずソフト最新作『千恋万花』をプレイしています。前作サノバウィッチの感想を書いていたのが1年半前、もうそんなに月日が経ったのかとしみじみ感じます。例のごとく、どのルートから読むか迷ったのですが、メインだと思われる芳乃以外で一番好みのムラサメから始めました。御神刀“叢雨丸”に神力を纏わせるため、500年前に人柱になった女の子です。

 このルートでは、共通部分と個別部分がしっかりと別れていますね。穂織の地に根付いている呪いとの戦いを描いた共通部分、御神刀を奉納しムラサメが人間へと戻る個別部分。共通部分で大きく成長した将臣が、個別部分では皆に認められる村の若者の中心的存在となっていく姿をしっかりと見ることができます。

 

 有地将臣について。

 読んでいて、いいなぁ、と思ったのは、共通部分の終わり。祟り神も現れなくなって、将臣が穂織に留まらなければならない理由が無くなって……。彼の穂織での生活って、半ば強制的に始まったじゃないですか。今回訪れたのだって、母親に「実家の旅館を手伝って来い」と言われたものですし、朝武家での生活も、安晴が娘の青春を案じてのものだった。そんな彼に、ようやく選択の機会が現れるんです。生まれ育った都会に戻るか、短い間だったけれど色々な出来事を経験した穂織に留まるか。 

「にしても、欠片を取り込んでおいて、よく無事だったな、俺。下手したら、俺が祟り神になる……なんて可能性も……?」

「あったかもしれんな。ご主人が負の感情に取り憑かれれば、ご主人の魂も穢れた可能性はある。つまり、心の底から憎しみを抱くようなことはなく、幸せに周りに育てられたということだな」

「周りに……か」 

 今までの都会での生活も、周りの人たちに恵まれていた。だからこそ、平穏に暮らすことが出来ていたのだと理解する将臣。

 けれど── 

「……よし、決めた!」

もしかしたら、俺が期待しているような日々は、今後ないかもしれない。

でもそれも思い出だ。

俺はここで、得難い友人が出来た。それを大事にしていきたい。

「さすがに、婚約は解消だろうけど……」

まあ仕方ない。

新しく、作り直すさ。それも楽しそうだ。

 将臣の中で、穂織の人たちとの生活は、長年過ごしていた都会での生活に引けを取らないほど大きな物になっていた。いざどちらかを選ぶことが出来るようになった時、迷ってしまうほどに。

 なし崩しに始まった生活だけれども、それをあらためて見つめ、自らの意志で選択する。この過程があるからこそ、その後のストーリーで彼が穂織の村おこしのため努力する姿が、嘘くさく無く映るのだと思います。

 

 ムラサメという女の子について。

 恋を知らぬまま人柱となった。流行り病にかかり、いつ死ぬかわからない恐怖から逃げ出したくて、生きてほしいという家族の願いを踏みにじり人柱になった。

 そんな彼女が管理している御神刀“叢雨丸”は、朝武の家に保管されている。500年続く呪いにより、子供が女の子ひとりしか生まれず、その子も長くとも50年も生きられないという、朝武の家に。

 単純計算で、10世代以上ですか。自分が逃げ出した生活を、家族の営みを、間近で見ることになる。病と呪いの違いはあれど、自分と同じように長くは生きられない女の子が、けれど祟り神と戦い、懸命に生きていく姿を見ることになる。

 家族は、一緒にいるべきなんだ。自分は、なんと親不孝者なのだろう。

 心のうちは、想像に難くありません。

 これは罰なのだ。500年もの間、人と深く関わることが出来ず、心が冷えていくのは自分の不孝が招いた罰なのだと。ならば受け入れよう。人ではなく、語り継がれている“ムラサメ様”として、朝武家を、穂織の地の人々を見守ろう。夜空に浮かぶ、あの月のように。──だから、もし堪えられず泣いてしまうとしても、同類である月の前だけにしよう。

 そんな彼女の心を溶かすことの出来る少年が現れたのは、500年後でした。

 

 将臣とムラサメ、そして叢雨丸について。

 将臣が努力していた姿を最も近くで見ていたのって、やっぱりムラサメなんですよね。剣術の修行をしていた時も朝起こしていたのはムラサメですし、村おこしについて最初に動き出したのも二人だった。そして、祟り神と戦う時も叢雨丸に宿ったムラサメと一緒。本人たちも言っている通り、彼らは三位一体だったんです。

 まさに刀が紡いだ縁ですね。

 物語のラスト、叢雨丸を奉納する際、将臣とムラサメが感謝と寂寥感を胸に別れを告げた時、叢雨丸から言葉が返ってくる。共に戦った無口な相棒から、最後に、言葉が返ってくるんです。ありがとう。大儀でした、幸せになってください、と。

 叢雨丸は“普通”の御神刀に戻り、穂織の地を見守っていく。そんな場所で、将臣と“ムラサメ”であった女の子、綾は一緒に生きていく。ふたつの影を伸ばし、生きていく。三位一体ではなくなったけれど、そんな彼らの姿を想像すると、胸が温かくなりますね。

 

 余談というか妄想というか。

 季節は夏。穂織の夏も、きっと暑いのでしょう。綾も久しぶりに体験する夏の日差しに、「あつい~……あついぞ、ご主人~……」とか言いながら、ぐで~っとして。そんな彼女を将臣は、どこか嬉しそうに見ていて。頃合いをみて、田心屋にかき氷でも食べに行こうかと提案したりするんじゃないでしょうか。

雑記。あるいは、恋×シンアイ彼女について。

 感想を書く、というのは不思議な行為だと思う。

 大体の場合、物語を読んだ直後には、様々な感情が俺の中をぐるぐる渦巻いている。それら一つひとつはひどく不安定で、しばらく時間が経つと、霧のように散ってしまう。いや、本当は気づかないだけで、心のどこかに残っているのかもしれないけれど。とにかく、そんな不安定なものを壊れないようにかき集めて、感想という比較的安定したカタチにしていく。

 そうしていると、漠然としたものが手でつかめるくらいに実体を持ってくる。この感覚が、非常に気持ちいいのだ。モヤモヤしたものが、明確に自分をつくる一部分になった安心感。ふとした瞬間に、心の箱から取り出して眺めることができるような。

 先日、恋×シンアイ彼女の感想を書き終えた時にも、そういう感覚はあった。読んでいる最中は色々な感情にとらわれていたけれど、結局のところ、あの物語は『その先にあるものは、美しい光景であるべきだ』という、そういうお話だったのだ。幾億もの涙がつくるような、そんな世界で……報われない出来事があったとしても、全力で突き進んだ者が、その先で目にする光景。それは、闇ではなく、光である“べき”だと。

 カタチになったそいつを、とりあえずしまい込んでみたのだけれども、どうにも未だに熱を放ちすぎている。まったく、胸焦がれる物語だった。

『恋×シンアイ彼女』の話。(ネタバレあり)

 タイトルの通り、もっと具体的に言うと、國見洸太郎と、姫野星奏の話です。

 心の中に、散り散りとなっている感情の断片を拾いながら書いていこうと思います。それらが繋がって、感想、という創作になるかどうか。けれど、読んだ以上は、受け取った以上は、何かを書かざるを得なくなるような──そんな物語でした。

 

 胸の中に秘めた何かを伝えるために文章を書きだした少年と、彼の手紙を受け取り返事をせずに姿を消した彼女。運命的に再会した二人は──。そんなイントロダクションから描かれる本作は、予想もつかない方向へと進んでいきました。物語は、一途に星奏を想い続ける洸太郎の視点から語られています。ところが星奏ルートの最後、彼女がプロの作曲家として活動していたことが明らかとなり、洸太郎は理解してしまいます。姫野星奏の全ては、音楽にささげられていることを。この街に戻ってきたのは、スランプのためであって、また彼女は自分の元を去ってしまうのだということを。

 彼女の心に響くような作品を書く。そのために洸太郎は再び筆をとって。物語は終章へと続いていきます。

 星奏のために捧げられた日々。全力で彼女を追い続けた日々。

 星奏ルートでも、終章でも、書き綴られているのは、洸太郎の戦いの記録でした。

 終章の最後、洸太郎は、星奏へと全力で駆け抜けた日々を、思い返すととても美しく輝いている、なにものにもかえがたい宝物だと言っています。ついぞ、どこにも辿りつけなかったにもかかわらず。

 そして、それは星奏も同じであったろう、と。

 そこまで読んで、俺は、ああ──この物語は、星奏を全力で追い続けた洸太郎と、音楽を全力で追い続けた星奏の、戦いを描いていたんだ──そう思いました。

 全力で追い続けた者同士の、戦いの日々。どこにも辿りつけなかった戦士達の、戦いの記録。その光景は、眩しく美しい。グロリアスデイズ。

 

 音楽を選んだ星奏は、無遠慮な言葉を付け加えれば、洸太郎より音楽を選んだ。けれど、だからといって洸太郎の事が好きではなかったのか。決してそんなことはないでしょう。どちらもかけがえのないほど大切で、けれど、どっちつかずではいられない。そういう世界に身を投じていた。だから、音楽を選んだ。

 正論を言うのであれば、「ならば洸太郎に、きちんとそのことを伝えるべきだろう」ということになります。ただ……言えなかったんでしょう。彼女は、普段はやっぱりただの少女(SCHOOL GIRL)で、自分の気持ちを上手く言葉にする術がなくて、洸太郎に面と向かって嫌われることが怖かったんでしょう。

 

 そんな彼女だからこそ、終章では、手紙の形で、二度と洸太郎に会わないと誓う、という言葉を残したことが突き刺さります。彼女は、いったいどんな気持ちで、どんな顔をして、その言葉を書いたのでしょうか。ただ、きっと涙は流さなかったと、そう思います。そういったことは、罪悪感を抱えた彼女の、最後のプライドが許さなかったのでは、と。……蛇足ですね。

 ただ、物語の中で、星奏の全力が直接描かれることはありません。あの日、星奏に届かなかった言葉を抱えながら、全力で彼女を追い続ける洸太郎が描かれ続けています。その姿もまた、胸を打つ。

 

 

 物語の締めくくり。

「けれど、それでも俺は、まだ、もう少し、全力で言います。あなたに会いたい。あなたが好きです」

 どこにも辿りつけなかった洸太郎は、かつて自分の言葉が届いていないのだと思っていた少年は、理解します。思ったような、願ったような形でなくても、自分の言葉はあの日の彼女に届いていて……彼女が一時でも、それで慰められたとしたら。自分の言葉は、決して、無駄なんかじゃなかった、と。

 彼は、プレーヤーに入っていた彼女の音楽を受け取り、眠りにつく。

 それは、きっと、戦士の休息みたいなもので。

 

 想起されるのは、駆け抜けた戦場。

 全力で生きたからこそ、輝いている日々。

 けれども、それじゃあ俺達にできることは、ただ全力であることなんだろうか。

 

 そうして、目を覚ました彼の世界に最初に映るのは──。